2010年10月11日月曜日

京田辺市散策(13)【一休寺その3】

一休禅師のお墓の次は【方丈】です。



庫裏、方丈へと続く、中門から中を見たところで、
この門は京都府指定文化財に指定されています。





塀の向こうに見えるのが【虎丘庵】です。
これは一休禅師が晩年を過ごされたところで内部は二畳の水屋と、
六畳、三畳の小部屋だけの、とても簡素なたたずまいの建物で、
(非公開)元は京都東山の麓にあったそうですが、応仁の乱
から避難する時に、ここに移築されたそうです。
これも京都府指定文化財に指定されています。



続いて【唐門】です。
これは中門を入って右手にあって、欄間には獅子と鳳の彫刻がほどこされています。
この門は、方丈へ通じる玄関になっていて方丈再建の時に新築されたものです。
これは重要文化財に指定されています



庫裏の左側にあるのは【東司】(とうす)です。
これは所謂”お手洗い”で今はこの裏に現代の”お手洗い”
があります。
これも重要文化財に指定されていますが、”お手洗い”
がなぜ指定されているかというと昔のままに残っている
”お手洗い”は少なく、大変珍しいものだからだそうです。
次回は庫裏ー方丈にすすみます。

続く・・・

2010年10月10日日曜日

京田辺市散策(12)【一休寺その2】

ここから有料区域になります。



苔の緑と楓の緑がきれいです。
ここも紅葉すればもっと綺麗になると思います。
訪れる時期をまちがったかな・・・



この右側に受付があってパンフレットをいただき順路に沿って進みます。



すぐにあるのが一休禅師のお墓です。
一休さんは後小松天皇の皇子ですのでこのお墓(御廟所)
は宮内庁の管轄で拝観は出来ません。





色々なブログで門にある菊の透かし彫りより中を見た写真が
多いのでここは少し変わって屋根を写してみました(^^;)

続く・・・

2010年10月6日水曜日

京田辺市散策(11)【一休寺その1】

いよいよ【一休寺】さんにお参りです。



境内に入る前に目にとまるのが
【薪能金春芝跡】の石碑です。
これは
”金春禅竹が芝生上で「能」を舞い、
一休禅師の鑑賞に供した所と伝えられている”
そうです。



この日は壁の工事をされていました。
この季節はどちらかといえば観光シーズンでは無いのかもしれません。
お彼岸ですし・・・



いよいよ総門から境内に入ります。
【総門】(京都府指定文化財)



総門を入ると右側に境内の案内図があります。



そして少し上り勾配のついた参道があり、緑の楓がきれいです。
秋になると紅葉してより美しくなるようです。

続く・・・

2010年10月5日火曜日

京田辺市散策(10)

このまま一休寺さんへお参りにと思いましが・・・
こんな看板が目に入ったので先に行ってしまいます。



【薪神社↑】車は通行できないようです。



神社に行くにはこの段を上ります。
石の鳥居の後ろに木々があって良い感じです。



先程の鳥居をくぐると石灯籠+石の鳥居があり
その奥が本殿のようです。



せっかく来たのでしっかりお参りをします。



境内北側に【能楽発祥の碑】がありました。
全く知らなかったのですが、説明板によると
「能楽は薪能即ち金春流に初まり、
次に宝生能観世能は大住に、
金剛能は大和に発祥。」
昭和60年11月文化日
文学博士 志賀剛
だそうです。
薪神社のお参りを済ませ次は一休寺に向かいます。

・・・続く。

2010年10月3日日曜日

京田辺市散策(9)

棚倉孫神社を出て今度は一休寺方面へ向かいます。



天井川の下をくぐって府道22号八幡木津線を北上すると
【一休寺500m】の標識があります。
そこを西へ向かうのですが・・・



交差点南西に蔦で覆われた民家が!
空き家かと思いましたがしっかり住んでおられました。(^^;)



もう少し西へ進むと【厳島社】がありました。
住宅の間にある小さなお宮さんですね。



そのまま西へ進むと新しい道【山手幹線】と交差します。
ここに大きな一休寺の看板があって観光客を案内しています。
ここに描かれている一休さんのイラストは小坊主さんですが、
一休寺(酬恩庵)におられたときは晩年なので知っている人は
違和感があるかもしれません。



山手幹線を渡ると”ここを入る”という看板があります。
その方向を見ると・・・



一休寺の駐車場が見えました。
ここまで2カ所の看板、1カ所の標識がありましたが
駅からだと地図がないと分からないのでは?と思います。
この日は敬老の日でしたがここまで観光客と思われる人と
出会うことはありませんでした。

2010年10月1日金曜日

京田辺市散策(8)



棚倉孫神社境内(石段から上)の全景です。



帰りに見える景色ですが、天井川があるので
上がったり下がったりで不思議な感じがします。



石段を下りると社務所がありますがその前に
松寿院跡の碑があります。
【松寿院跡】式内社棚倉孫神社の神宮寺として建てられ、
真言宗に属し智積院の管下にありました。
山号は梅香山で天保15年(1844年)に現在のものに建て替えられ、
明治初期に神仏分離政策によって本院は廃寺になって、
安政5年(1858年)~明治4年(1871年)まで寺子屋として
使用されましたが、現在は棚倉孫神社の社務所になっています。
今は神宮寺自体をあまり知らないので神社と寺が一体となっていた
というのは不思議な感じがします。



これで棚倉孫神社のお参りは終わりで次へ移動です。

・・・続く

2010年9月29日水曜日

京田辺市散策(7)

次は拝殿の左側です。



手前に瑞饋神輿があり、奥側に絵馬殿があります。



【瑞饋神輿】とは、京田辺市文化財2号で明治の中頃から
民俗神事瑞饋神輿が伝えられていましたが、昭和4年に中断。
昭和51年10月秋祭りに47年ぶりに制作技術の復興を見ました。
昭和53年2月に瑞饋神輿保存会が結成され、同年10月に
文化財2号として指定さたそうです。





絵馬殿には立派な絵馬が奉納されています。

・・・続く